2004年11月24日

愛ってどこにあるの?

ちょっと古い話になるけど。

今年の始めから2月頃「自分の娘」が生まれるまで、ドラマ「僕と彼女と彼女の生きる道」を結構熱心に見ておりました。生まれてからはそれどころじゃなくて見なくなっちゃったんですけどね。

あの中の、第二話だったかな、母親が、「私は娘を愛していない」って語る場面があるんですよね。もっともあとの方の回では、「あれは別れるための方便で、いつか必ず迎えにくるつもりだった」とか言い出すわけで、まあそれはそれで勝手な話だよなあと思うわけなんですが、それはさておき。

母親がいうには、「娘ができたためにできなかったことがある。それまでは自分の夢があったのに。最近になって、ふっと振り返った時、そのことがたまらなく嫌になって、よく考えた。今までは夢中で娘を育てて来た。けれどもそれは愛していたからじゃなかった」ていうようなことだったと思うんですよ。

私がこの台詞を聞いて思ったのは、「そういう自己言及的な枠組みの中では、『自分が誰かを愛している/いない』という結論は出せないのじゃないかな」ってこと。簡単にいえば、「夢中でやって来た」のもほかならぬ「自分」なわけで、その夢中さの中にも何か、愛そのものではないにせよ、愛の一部をなす重要なものがあるのではないかなあと思うのです。このことは逆を考えてみると分かりやすいと思います。「愛している」と口ではいいながら食事はあげない、遊んでもあげない、生活費を稼ぐわけでもなければ、触ることすらしない、そういう人をはたして「娘を愛している」といえるでしょうか。

愛に関する一つの問題は、それが、あまりにも「心の中の出来事」としてとらえられてしまっているところにあります。私の考えでは(愛に限らず対人的な感情は全てそうですが)、愛というのは「個人の心の中」ではなく、愛するものと愛されるものの「あいだ」にあるのです。関係性の内に、といってもいいけど。つまり2人の間を繋ぎ、関係を形作る、言葉や行為こそが愛の本質であり、その「動機」とみえる感情は、むしろそれら言葉や行為によって作られた関係性によって、生みだされるものなのではないかということです。もちろん、生まれたばかりの新生児を世話する場合のように、最初に契機として某かの感情が存在する場合もあるでしょう。しかしそれはほんの「契機」にすぎず、「愛情」と呼べる深さは、やはりその後の関わりの内からでてくるものなのではないでしょうか。

それゆえ、「先天的なもの」としての「相手への愛」を探し求めることは、しばしば、「愛していない」という結論に陥らざるを得ないのです。いや、というよりも、そこでは愛していともいないとも、全く恣意的に結論を出すことができてしまうでしょう。なぜならば、そこには相手との関係性をもった、「相手と向き合った自分」ではなく、ただ「ひとりの自分」がいるだけだからです。
posted by けいりん at 11:19| Comment(2) | TrackBack(1) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして^^ えっけんさんのところから来ました かささぎ と申します。

「愛」に限らず ヒトってのは「みえないモノ」を考えてゆくのがなかなかうまくないようで・・・
まあそれ故に,苦しんだりするのかと。

「関係性」についての簡潔な説明が,私にはとてもぴったりきまして,参考になりましたので,トラックバック致しました。

有難うございます^^
Posted by かささぎ at 2005年08月11日 01:22
初めまして。トラックバック&コメント、ありがとうございます。

好き勝手書いただけのものですが、何かを感じていただけたのなら幸いです。

私は実は「みえるモノ」について考える方がニガテで、なんの話をしていても地に足のつかない抽象論へと流れてしまうようなところがあるのですが、一方で「みえないモノ」については、容易く独断的であるばかりか独善的な考えに陥ってしまうのがヒトってものでして、私も気をつけねばなあと常日頃考えている次第です。

「関係性」ということについては、「愛」にかぎらずいろんなことに関してキーとなる概念ではないかなあ等と考えていまして、3/28付の記事『「ネットワーク」?』で触れているのもそういう事なのですが、こちらはそれこそ「独断的な抽象論」になってしまっているかもしれません。
Posted by けいりん at 2005年08月14日 00:27
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あい とは
Excerpt: 卓球とかゴルフとかで活躍している女性の話ではなくて 目には見えないモノですよね。「愛」 この「愛」・・・アガペーとかエロスとかでなく もっと分り易く「関係性」というキイワードで,考えていたのです..
Weblog: 日々是好日?かささぎなくらし
Tracked: 2005-08-11 01:16
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