2005年02月01日

【ナイショ】第6話『金平糖の思い出 〜ばあやのないしょ〜』

なかなかシブい所に焦点を持って来た第6話。

ばあやってのは、僕の中ではちょっと微妙な位置にいる。
キビしいところはキビしいのもたしかなんだけど、どうも根本的に甘いと言うか。一番気に喰わないのが、ちょっとシャレにならんのじゃないかなあと思えることの多い、はづきと母親の関係を、基本的なところでは肯定しているところで、いやそれはおジャ魔女全編に渡って言えることなのだけれども、「もうちょっと突っ込むべきとこがあるんじゃないの?」と思ってしまう。暖かく見守って済まされる程度のものではないと思うのですよ。

まあそれはさておき、今回はそんなばあやの思い出話で、時代的には戦争が大きな役割を果たしているわけなのだけど。

戦争による悲劇、というのは、とかく安易に表現されがちなもの。いや、僕自身は最近目立つ右傾化した言説には全くうなづけないし、「暴力は無能力者の最後の避難所である」(@アイザック・アシモフ)というのが信念でもあるのだけど。でもね、ジャンルを問わず、「作品」として表現するならば、あまりにもドラマチックな戦争被害者の描写や兵器の凄まじさを直接描いて、そのドラマ性にだけ頼るのは、やっぱり安易だと思うのですよ。むしろテーマとしてそれが重ければ重いほどに、その描写を支える土台がしっかりしてなくちゃいけないんじゃないかと。

で、本編ではそこが上手く回避されていて良かったなあと。
「戦争」をあくまで前面に押し出すことなく、背景として描くことで生々しさを取り去り、結論を押し付けづに考える余地だけを残す。より直接的には「ばあやの物語」こそが主軸であるような描き方。戦争批判もののが大好きと言う人には物足りなかったり逃げに見えたりするかもしれないけど、こういうところこそが『おジャ魔女』最良のセンスの良さってもんで、こういう淡さの中からこそ、本当に大切な気持ちは育つものなんだと思う。

主軸となるばあやの過去の話も、懐かしくて、切なくて、いい感じ。レコードが割れる描写には胸を突き刺される想い。ただ、今の子どもの何人ぐらいが「レコード」ってものをリアルに感じるんだろうと思うと、子ども番組の表現としては疑問も残る。

あとおジャ魔女さんたち、時々あることだけど、今回も他人のプライバシーに遠慮なく踏み込み過ぎですよ。そこが今回一番の難点かな。
posted by けいりん at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | おジャ魔女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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