2011年03月04日

私は眠らない明日

まどかマギカ第8話「あたしって、ほんとバカ」感想第二弾。

の前に、言い訳。
前回の感想、トリッキーなことを狙ったというのがないわけじゃないんだけど、それ以上に、一度はああいう形で書いておかなきゃ気が済まなかったのよ。個人的に。
物語も構成も、それどころかキャラの描かれ方すら全然違うのに、私個人にとっては、エヴァ第22話「せめて、人間らしく」と同じように深みをえぐられる話だったので。あるいはひぐちアサ「ヤサシイワタシ」か。

思えば第2話の時点で、必要以上にさやかに対しては批判的だったな、と。
それもこれも、そういうことだったのか、と、第8話をみていて腑に落ちた。「意味を求めずにいられない」のも、「安易な意味付けに飛びついてしまう」のも、その結果相手の「気持ちにまでは寄り添えていない」のも、「自分に手っ取り早くできることを安易にやって」しまうのも、全部自分のことだった。

「恭介の怪我を治す」というごく個人的な動機のために魔法少女になった、そのことすら欺瞞で覆い隠してしまうさやか。第7話では「魔女を倒すためだけに魔法少女になったんじゃない、大切な人を守るためでもあるんだ」って言ってるけど、これ、どう見ても欺瞞なんだよね。さやかはもっと個人的な願いの代償として魔法少女になったわけで。
何故ここで自分に嘘をつかなければならないのか。理由は1つではないと思うんだけど、最初の理由は、多分、「叶ってしまった願い」では、魔法少女で「あり続ける」理由として充分でないからだろう。簡単に言えば、先払いで苦役を続けるのは難しい。さやかはしかし自分が魔法少女であるという現実から逃げ出すことはできない。だから、魔法少女であること自体、その使命自体に、必要以上に意味を持たせ、かつ「それが自分の望んだことだ」と思い込まなくてはやっていられない。

その性向は、杏子の出現、魔法少女とソウルジェムの真実を知ったこと、恭介への絶望的な想いによって、ますますかたくななものへと変化して行く。
最初はグリーフシードをちゃんと利用していたさやかは、それを拒むようになって行く。

恭介と仁美を影から見つめるさやかはどんな気持ちだったんだろう。
悲しみ? 絶望? 嫉妬? もちろんそれもあるだろう。
けれども、それだけではないんじゃないか。
単純に、恭介に告白できない悲しみだけではなかったんじゃないか。
自分の中にやはり存在してしまった「手を治した見返りを求める気持ち」と向き合い、そのエゴにこそ絶望し、打ちのめされていたのがあの時のさやかだったんじゃないか。
「こんな体」になってまで助けたのに、何も知らないで他の女の子と、自分の親友と(本当はまだどうなるか分からないんだけど、多分さやかの頭の中では)つきあおうとしている、そのことへの不条理な怒りや憎しみ、それを自覚して、葛藤していた、それがあの時のさやかじゃないだろうか。

だからこそ。それを自覚するが故に、さやかはますますかたくなにならずにいられなかったのだ。自分の中の闇。自分勝手な気持ち。自分のために魔法を使いたい、そんな気持ちと向き合えず、目を背け、否定する。わたしは自分のために魔法を使わない。だからグリーフシードは使えない。
何と言う愚かさ。
何と言う痛ましさ。

電車の中のさやか。
これ、第7話感想で私が言ったこと重なるよね!(ドヤ顔)
世のために、闇の中で、恋する人に告白もできないような体になってまで戦う魔法少女。そんな魔法少女である自分と、「キャバクラで働いて男に貢ぐ女」を、さやかは重ねて考えずにおかない。これは前に書いたような「仕事としての性」そのものではないにしろ、「性的に搾取される女性」と魔法少女って者の類似を語ってあまりあるシーン。こうして語られてしまったこと自体、物語をそういうメタファーとして捕らえることの限界を表しているともとれるけど、同時にある程度このメタファーが通用するということでもあると思う。

さて、ちょっと話が戻るけど、そんなさやかにグリーフシードを差し出したほむら。
さやかは彼女に言う。「何もかも諦めた目をしている」と。

大方の予想通りだったとはいえ、今回はっきり明らかになったこと。
ほむらはこの時間軸の人間ではない。
そしてその目的は、まどかを助けること。

「いつだって」
ほむらはまどかにそういった。
「なんであなたは、いつだって、そうやって自分を犠牲にして・・・」
「いつだって」?
そう、いつだって。
ほむらにとっては、これが初めてではない。
何度も。
何十回も。
いや、「ワルプルギスの夜」出現地域の統計が取れる程度、ということは、ひょっとすると、何百回、何千回も。
ほむらは時間を巻き戻し、繰り返し、その都度まどかを救おうとし、そして毎回それに失敗してきたのだ。
何と言う絶望。
なんという強い願い。
「諦めた目」くらいはするよ。
多くのことが、何度も繰り返し、無駄だと分かっていることなのだもの。
それでも、彼女は、一点だけ、諦めてはいない。
まどかを救う、そのことだけは、諦めきれずにいる。

ED曲『Magia』の、放映はされない2番の歌詞。
「迷わずに行けるなら心が砕けてもいいわ」
そう。迷って当たり前だ。もう無駄だ、この運命を変えるのは無理だ、諦めたほうがいい。そう思って当然だ。
その迷いを断ち切るために、彼女は選択する。必要以上に感情を動かさない。情に流されない。ただ目的だけを心に。冷静に。冷徹に。
さやかのソウルジェムが投げ捨てられれば反射的に、必死の面持ちで追いかけずにいられない、本来のそんな部分を封印して。
そこまでしても、まどかは、まどかだけは守る。
それがほむらの意思なのだ。

さて、このED曲2番、「あなたはまだ夢見る記憶/私は眠らない明日」というフレーズから、ほむらが語り手と思えてならず、だから前述のような重ね方も半ば当然に思えるんだけど(そしてそう思って聞くと無茶苦茶泣けるんだけど)。
「おびえるこの手の中には手折られた花の刃」って部分があるんだよね。
一番では同じ箇所が「手折られた花の勇気」になってて、他の部分も2番ほどほむらの立場と特定できない感じもあるので、マミさんのことなんか思い出してしまうんだけど、2番のこれ、どうも気になる。
っていうのは、既出の魔法少女の中で「刃」を武器に使ってるのはさやかだけなんだよね。なんかあるのかなあ。
考え過ぎと言われちゃえばそれまでだけど。



というわけで結局時系列レビューは放棄してさやかの件とほむらの件にだけ感想を書きました。
これで2/3かあ。あと4話。
頼むから救いがあってほしいと思うんだけど、ライターがライターだし、監督もなんか微妙な発言してるんだよね・・・
いや、気を取り直して!明日信じて!祈って!
次回、第9話「そんなの、あたしが許さない」。関東放映は今晩ですよー!
posted by けいりん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 魔法少女まどか☆マギカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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