2004年01月25日

ガキはセックスしてはいけないか(2)

予告した本題に入る前の重要な前置き。男にせよ、女にせよ、また子供にせよ大人にせよ、性欲ってヤツは一体全体どこまで「自然な」ものなんだろう。

いろいろな資料に当たってみると、実際のところは「わからない」と言うほかないようだ。というのは、あらゆる調査、あらゆる実験的事例は、その判定条件自体に、調査者、事例収集者の性欲観を映しているように見えるからだ。言い換えるならこの問題に関しては誰もが恣意的であらざるを得ない。

まあしかし、僕自身は、性欲に関して、少なくとも数多くの言説が、例えばフェミニズムで言われるように、「自然なものではなく、文化的に作られたもの」ではないかと考えている。典型的なのは「女は受け、男は責め」というヤツで、単なる物理的な見かけから、性行動一般の形が決まると考える人々はホントにおめでたいと思う。「突っ込まれるから受け身」だと! 彼等は「アグレッシブに相手のペニスを自分の膣に招き入れる女性」といった事象について想像すらできないらしい。僕がそう言う女性とお手合わせしたことがあるかどうかはまあ一応ぼかしておくけど(笑)、少なくとも想像はできる、とだけ言っておけば十分だろう。

もちろん、破瓜の、そして人によってはその後慣れるまでは続くという性交時の痛みや、性交によってオルガスムス体験をえることが男に比べて女のほうが難しいということ(この辺はそのうち独立した話として書いてみたいけど今のとこまとまるかどうか未定)などの影響で、傾向としてセックスにおいて受け身な女性が多いということは起こりうるかもしれない。しかし、たとえこれらの「原因」が統計的に優位なものだとしても、そこから「結果」に至る過程は、せいぜい「その心理過程は想像が付く」といったレベルのもので、多くの女性がそれと同じ心理過程をたどるという根拠は何もない。また「結果」自体の優位な統計的事実を確認できたとしても、それは所詮「統計的事実」でしかなく、なんらの必然性を持ったものではない(ついでに言っておけば、しばしば行われるような「だから女は受け身であるべきだ」等と言う倫理的判断への摺り替えに至っては、全くのところアホらしいとしか言いようがない)。これらの点を頭に入れずに単純に「男は攻め、女は受け」を「一般的法則」として採用するのはちょっと軽率なんじゃないかな。第一、声高にこういった「法則」めいたものを主張したがる人に限って、自説の根拠となる資料に当たっておらず、当然統計的な根拠すら知らないというところは面白い。まあ僕もそういう点じゃ似たようなもんではあるんだけど、すくなくとも慎重ではあるように気をつけているつもり。

さて、これと似たような言われ方をする言葉に、「男の子は性欲をガマンできない」ってのがある。僕にいわせれば、これまたまあなんとも偏った言い方だなあと思うのである。もちろん僕も男の子(笑)であるから、時によって押さえきれなくなる激しい昂り(爆)とか、どうにも制御が効かなくなるカラダの一部の暴走(核爆)とか、そういうものにはそれなりに心当たりがあるし、その全てが社会的な条件付けとか、どれに類したものによるのだと主張できるかどうかは、正直なところ分からない。根拠のない個人的な勘みたいなものに従うなら、確かにそこには「ガマンできない」と言わざるを得ないほどのエネルギーはあるけれども、この言葉が「法則」として通用してしまうのはやはり間違っているのではないかと言う気がする。というのは、「男の子が性欲をガマンできない」という言い方は、ある種「男の子の性欲の方向性」すら潜在的に指定しているように思えるからだ。それはまさに「ガマンできないもの」としてであり、その結果として「放っておくとどこに吹き出すかわからないもの」という意味も含まれている。つまりこの言葉が「法則」としてまかり通ることが、男の子の性欲の「ガマンできなさ」を拡大再生産しているのではないか。
もう一つ、はっきりとは言われていないけれど、こういった言葉のむしろ前提として、「男の子の性欲=ペニスへの刺激(究極的には射精)」という限定があることも見逃してはならないことであると思う。このことと「男の子は性欲をガマンできない」をリンクさせるならば、「男の子は、ペニスへの刺激を受け、射精することなしには耐えられない」ってことになるのだけれど、これってどうなんだろう。僕はへテロセクシャルだし、SとかMとかそういうややこしいものにもあまり興味がないし、「差別的」と言われる危険をあえておかすならば、「いたってノーマルな」性生活を送ってきた方だと思う。自慢じゃないがオナニーだって人並みにした。けれども、にもかかわらず、「男の子の性欲」には、そんな小さな範囲には限定されないものがあり、かつその後の発達にも、より多くの可能性があるんじゃないかと言う気がするのだ。言い換えるならば、男の子は、「性欲」を「ガマンできない射精への欲求」に限定してしまうことで、その後の性欲の形も、そのことによって非常に狭められてしまっているのではないかと思うのだ。

こんなことを前提にしつつ、今度こそ「性交の準備精神編」てな話を。
posted by けいりん at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛、性、性差 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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