2006年09月03日

そっとそこにそのままで かすかに輝くべきもの

 例えば、ある出会いと別れが、
 新しい幸せのために必要だった、とか、
 そんな風に思ったこともあった。

 それは一面の真実ではあるんだろうと思う。
 すべてのことは繋がっていて、蝶の羽ばたきひとつで地球の裏側の気候すらかわってしまいうるのだから。
 狭い世界のちっぽけな僕の小さな体験が、互いに切り離されているなんてことはあるわけがない。
 一つの体験は、必然的に、人生の全てと繋がり、それらを規定している。

 けれども。
 そこに目的論めいたことを持ち出すのってどうなんだろう?

 過去の幸せも、不幸せも、
 今の幸せのために用意されていた、だなんて。

 そんな考え方は、あまりにも・・・悲しすぎやしないか。

 ねえ、たとえどんな不幸が最後に訪れたとしても、
 どんなに辛い終わりを迎えてしまったとしても、
 僕らがその時感じていた幸せは、
 ただそのときのためだけに、存在していたんではないだろうか?

 そして僕らの不幸でさえも、
 ただ、そのときの愛しさのためにだけ、捧げられたものではなかっただろうか?

 合理化したり、体験を整理し直すのは、時には必要なことだと思う。
 けれども、きっと。
 安易にあとから触れるべきではない、
 意味を与えたり、倫理的な読み直しをしたりすべきではない、
 それでもすてることができない、すてるべきでない、
 記憶の中に、ただ結晶して、眠り続けていくべき体験も、あるんじゃないだろうか。

 決してもう一度その手で触れてはいけない、
 そんな想いも、あるんじゃないだろうか。
posted by けいりん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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