2005年06月20日

昔の話

 昔の話である。
 その頃僕は恋をしていた。

 もちろん片恋である。
 てか、数年付き合ったカノジョにフラれ、復活の望みはないことなんか客観的に見れば明らかだというのに、ダラダラうだうだと彼女のことばかりを思い、彼女とのあんなことやこんなことを思い出し、コカンをたぎらせては一人空しさにため息をつくという、そんな生活を2年ばかりも続けていたのが、その当時の僕だった。

 同時に、その頃僕は、今までの人生でこれ以上ないっていうくらいの遊び人だった。や、もちろん好きでどうしようもなくて忘れられないのはその元カノだったのだけど。正直、ちったぁ遊ばないとやってられなかったのだ。知り合いの女の子という女の子に声をかけ、食事をした、映画に行った、ドライブにも行ったし、公園でのんびり散歩なんかもした。けれども、そんなに見境がなくて、コカンは過去の記憶と右手のギャップに暴発寸前だったというのに、僕はほとんど、彼女らの誰ともベッドに行ったことだけはなかった。

 ほとんど。
 そう、彼女だけだった。

 そういうことになる以前から、彼女とは「呑みに行く」というのが遊び方の定番だった。だから、まぁ、そういうことになったのも、25%ぐらいは、「酔った勢い」だったような気はする。

 きっかけは「エッチ話」。僕はもともと女の子とエッチ話をするのは嫌いじゃないんだけど、その結果そういうことになったのは彼女だけだった。だからこれも原因としてせいぜい25%ぐらいのもんだと思う。

 で、残りの半分。これは全くのところ明白で、彼女はどことなく、件の元カノに似ていたんである。

 翌朝僕が思ったことといえば、
 「あー。やっちまった」
 だからって後悔していたかといえば全然そんなことはなくて、まあこれも成り行きかなと思ったし、どうにでもなれとも思っていたし、何より思い出すだに彼女とのエッチはとても「良かった」ので、起きた勢いでもう一回しちゃった、というのは、言わずもがなの話ではあるんだけど。

 彼女の方はといえば案外あっけらかんとしたもので、近くのファストフード店で朝飯を食って「それじゃまた」ということになるまで、好きだの愛してるだのってことも言わなけりゃ、必要以上に親密にするでもなく、一体夕べと今朝のアレはなんだったんだ?とおもうぐらい、ごく普通に話をして、ごく普通の女ともだちとして別れたのだった。

 実はその頃、彼女には好きな男がいた。
 僕はそれを前から知っていたし、その前後にしていた話も、他愛もないエッチ話以外は、おおかたお互いの片恋話だったのである。だから、その夜あったことは、「互いの傷をなめあう」ようなことでもあったのかもしれない。すくなくともある程度は、そういうものを求めあっていたんだと思う。

 それから僕らは、だいたい週に一度ぐらいのペースで会って、食事して、酒を飲んで、エッチをするという関係を続けることになった。
 いわゆる「セックスフレンド」ってやつだったのかな。
 よくわからない。
 そりゃお互いほかに好きな相手がいて、恋愛感情の確認もなしに、合意の上のセックスを続けるっていうのは、定義の上からはほかに言いようがない関係なんだろうけど。でも、どうしても当時の僕らの関係をその言葉で片付けるのには抵抗を覚えてしまう。なぜなら、それが最初からあったものだったのかどうかはともかく、何度目かに会う時には、僕らの間には、何か特別な好意みたいなものが、確かに芽生えはじめていたように思うからだ。

 僕は自分の「それ」がなんなのか、わからなかった。
 正確には、今も分からないままなんだけど。
 ただ、多分それは少なくとも、「恋愛に似た何か」ではあったのだ。
 そして彼女も、ほぼ同じように感じていたんだと思う。

 僕らは、次第にエッチの時以外にも親密になっていった。
 手を繋いだ。
 腕を組んだ。
 抱き合い、キスをし、お互いの目を見て微笑みあった。
 「会おうかな」が「会いたい」にかわり、そのうち会わずにいられなくなった。
 会ったらどこにいこうか、喜びとともに予定をたてるようになった。
 会ったときの記憶を、喜びとともに噛み締めるようになった。

 だけど、僕は言わなかった。
 「好きだ」とか、「愛してる」とか。
 そして、彼女は突然、言った。
 「好きだ」と。

 僕は彼女の言葉を笑ってかわした。
 そうすることしかできなかったのだ。
 恐かったのかもしれない。
 あるいは、罪悪感もあったのかも。
 これが恋愛だと決めてしまったら、2度と元カノとはやり直せないんだと思うと恐かった。そんな風に思いながらだらだらと彼女との関係を続ける自分が彼女に悪いとも思った。要するに僕はまだバリバリに元カノの記憶に縛り付けられていたのだ。

 一度、エッチの最中に「あたしのこと、好き?」と聞かれたことがあった。
 僕には答えられなかった。ただ僕は彼女のやわらかい手のひらに与えられる快感に呻きながら、「ずるいよ」という言葉だけを絞り出した。
 今にして思えば、その言葉は、「エッチを餌にするなんてずるい」というふうに受け取られたんだろうと思う。でもそれはちょっとだけ、違っていた。別にエッチのときじゃなくたって、そう言う聞かれ方をしたら、僕は好きだってことを否定できなかっただろう。けれども、彼女に初めて好きだと言うのがエッチの最中だなんて、なにか間違えているような気がした。もちろんそんな関係になってしまったこと自体が大きく間違っていると言われればその通りなのだけど、一度そういうことになってしまったからこそ、もし好きだと告げようと決心したなら、その言葉は「ちゃんと」言わなきゃならないような気がした。そんな、欲情だか恋愛だか分からない状態で言質を与えるのは嫌だったんだ。

 多分、それからすぐ後、こんどは電話で、「あたしたちってどう言う関係なの?」と言われた。僕は頭を抱えた。僕にとって、それは口に出しちゃいけない問いだった。だってそんなの言葉の定義の問題だろ? 会って、エッチして、楽しくて、それで十分じゃん。結論なんて僕らの行為の中にあるんで、恋人だとかセックスフレンドだとか、そんな名前の中にあるわけじゃないよ。たぶん、その時僕はそんな話をしたのだったと思う。客観的にはセックスフレンドってことになるんだろうけどね、と言う話もしたかもしれない。

 それから、2回ぐらいは会ったのかな。
 最初にエッチしてから数カ月後、始まったときと同じように唐突に、僕らの関係は終わりになった。
 彼女がずっと片恋をしていた男が、彼女に告白したので。
 僕が夢から覚めたような気分で周りを見渡すと、相変わらず僕は一人で、本気で恋しいと思えるただ一つのものは2度と手に入らない遠くにあって、かつて喜びだった全てが、胸を刺すものとしてしか経験されないままなのだった。
 ただ、元カノとのことを思い出す時、別の記憶や別の面影が、かすかに影を落とすようになっていた。

 不思議と、あんなに夢中になったエッチのことはあまり思い出せなかった。
 今でも強烈に覚えているのは、夕暮れに染まるビルの間を、一つの赤い風船がのぼっていくのを、2人手を繋いで声もなく見上げていたこと。元カノとのデートのことを思い出している時、ふと赤い風船のイメージがそれと重なると言う経験を、僕は何度もすることになった。

 さて、その後僕はその後もおよそ半年くらいはうだうだと元カノの帰還を夢見続けたあと、ようやくふっきって新しい失恋をしたり、新しい彼女を作ったりすることになるんだけど。
彼女のほうはその後どうしたかって言うと、実は良く知らないんだ。
 一年ごしの片恋をタナボタ的に実らせた彼女だったけど、僕との記憶は一体どういう風に処理したんだろう、とか、彼は彼女に優しいんだろうかとか、彼と僕とどっちが「いい」んだろうとか、そういう割と下卑た考えに捕われたこともあった。けれども僕はそれらの一切を知ろうとはしなかったし、彼女からも、当たり前だけどそんな話をしてくることはなかった。
 二人がいつまで続いたかも知らない。ただ、今から十年ぐらい前、最後にあったときはまだ続いていたみたいだったけど。もしかしたら結婚したかもしれないし、子どもの一人もいるのかもしれない。あるいは彼とは別れて別の男と付き合ってたり結婚してたりするかも。

 こうして記憶を掘り起こして書いていても、意外なほど胸は痛まない。ただ、ちょっとだけ、今彼女が幸せだといいな、なんてことを考えることはある。それは僕が彼女を利用しながら逃げ回ったことに対する罪の意識のせいなのかもしれないし、あるいはついに最後まで認めることができなかった、そして今でもあれがそうだったという確信が持てずにいる、恋愛感情の名残なのかもしれない。
posted by けいりん at 15:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛、性、性差 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
久しぶりに恋愛話(エッチ話?)が聞けたわ〜。

ふと10年以上前のことを思い出そうとしたんですけど、かなり脳細胞が破壊されちゃっているようで、私、思い出せません(笑)。
ところどころ断片は思い出すのですけど〜。
Posted by こみもみ at 2005年06月21日 22:12
私の場合忘れたところは神経細胞再結線して補っているので、わざわざ作り替えるまでもなく事実と記憶が微妙に違っている可能性が大です(笑)

まあでも実際の話、こうやってわざわざ表現したい部分ってのは結局そういう「断片」だったりするんですけどね。ある種の風景とか、ほんのちょっとした言葉とか、経験している間は想いもよらなかったような些細なことのほうが、後々まで強い印象を残し、周辺の状況を一から作り上げてでも王ロバ的に表現せずにいられなくな、ということは、存外多いような気がします。
Posted by けいりん at 2005年06月25日 16:22
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