2005年06月21日

【WEB・blog】まあこういったことは実際におこりうるのだろうけど

まずはこちら

表題のように「あり得るのだろうな」と思うのは、「外国人が増えたことで外国人犯罪者が増える」のは当然だろうと思うのとにたような話。分母が増えれば分子も増える。それは外国人における犯罪者の割合と日本人におけるそれとを比較するための材料には全くならないし、従って外国人の流入を制限する理由には全然ならないと言うことです。

 同様に、BLOG利用者が増えれば、それが元でイジめられる、なんていうのもない話とは言えない。リンク先の例(フィクションだけど)は、両親の、約束にたいするあまりの頑さであるとか、いくつかの極端な部分があって、この通りのことが起こりうるとは考えに悔い部分もありますが、まあ基本的に似たような事柄ならば充分におこりうる話なのでしょう、多分。
 だから「blogの行く末を考える」ってことが、これを読んで「blogには恐ろしい可能性があるのだなあ」と思うことならば、それは半ば不当というか極端で一面的な見方であるような気はします。ただし、たとえ一部であろうとこういうことが起こりうるならば、それを「可能性の一つ」と呼ぶのは文義上全く正当だし、それが好ましくない自体ならば一つの警告として胸にとどめておくのは有益なことではあるでしょう。

 けれどもどうしても気になってしまうことが2点。
 どちらも、最もストレートにこのフィクションの作者の考え方を現していると思われる最後の娘の記事の中のことです。

 一つ目。娘がいじめられる理由は、はたして一方的にBLOGに帰することができるものだろうか、ということ。それはもちろん、あらゆる状況から見て、本人及び両親のblogの存在とその内容がイジメのきっかけになり、またその材料を提供したのはその通り。何度も書くようにこれはフィクションであって極端な部分もあるとは思いますが、基本的に同様のことなら起こりうるだろうと思います。

 でもどうなんでしょ、「わたしだってその子をからかいたくなるだろう」ってあるけど、それってそんなに当然のことなんでしょうか。

 私は、両親の行いがどんな物であれ、それだけを理由にその子どもを馬鹿にし、蔑むような奴は腐っているとしか思えないし、集団でのイジメにいたっては、キ*ガイというのはそういうことをする連中のことを言うのだ、とまで思います。イジメる側に「無理もない理由」なんかあり得ません。以前どこかで書いたように、「どんな理由があろうと人が受けるべきでない苦痛というものはある」のです。

 もちろん、どんな社会にも一定量の腐った奴はいて、そんな奴らの犠牲にならないために、ある種の行為は差しひかえた方がいいと言う場合はあるでしょうけど。

 どうも、ここで語られている両親のblogへの言葉を見ていると、「差しひかえた方がいい」という警告に留まるはずの物が、「差しひかえない奴はこんな目にあって当然」いやむしろ「こんな目にあってしまえ!」というところまでエスカレートしているのではないかと。いわば悪意を感じてしまうわけです。

 それを最も強く感じるのが、2点目。
 「なにしろ結婚前のブログでは、二人が競い合うようにして、アクセス数ほしさにこれまでの性体験をどんどん書きつづったりしていて」云々とあるけど、これってどうなんでしょう。

 いや、もちろんあんまり赤裸裸に性体験を語るのってどうなのかなあと思うところは僕にもあります。だからこそ(興ざめだからあまり言わないようにしていたけど)僕が書く個人的告白録みたいなものは、まあだいたいが複数素材の寄せ集めで、基本的に事実とは言いながら全体的にはほとんど全くのフィクションなのですね。むしろ小説の体裁を持った物の方がリアル体験に近かったり(爆)

 ただ、僕が問題にしたいのは、この例の両親のようなblogが本当にあったとして、それは本当に「アクセス数欲しさ」のためだったのかなってこと。

 ある程度の人気があるblogやサイトに対する悪口が盛り上がるときって、必ずと言っていいほど「アクセス数欲しさに云々」って台詞が聞かれるものですが。これはあまりに一面的な物の見方なんではないでしょうか。

 確かにアクセス数を稼ぐために内容をエスカレートさせて行くような制作者も多いのだろうとは思いますが、そもそもwebサイトなりblogなりで日記を淡々と書き綴る行為と言うのは、紙
の日記よりもちょっと開かれたところで、自分の想いを綴ってみたいと言うような、多くの人にそなわっている、ちょっとした自己表現の欲求に基づく物で、まあ全然アクセスがないと寂しい物なんだろうけど、たとえ一日数件でも、「誰かが見てくれている」と言う事実があればそれで充分であるような、そう言う部分があるんじゃないですかねえ。言ってみればこんな感じで。

 もうちょっと下品な場合だと、例えばモノスゴイエッチ(どうスゴイかは各自でいろいろ考えてみて下さい)を体験してしまって、「ぬをおおおぉぉぉぉ! 言いたい! 誰かに言いたい!」と思ったんだけど、身の回りは関係者ばかりでヤバくて誰にも言えない、なんてとき、リアルでの知り合いが見ていない(はずの)blogみたいなのがあったらつい書いちゃったりすることはあるんじゃないでしょうか。

 もちろん、それは軽率な行為だし、web上は自分の安全を自分で守らなきゃならないもんなんだから云々というのは全くの正論だとは思うけど。それにしても「アクセス数欲しさに」という風に動機を単純化し、相手をまるで「アクセス数の亡者」みたいに貶める言い方には、やっぱりある種の悪意を感じてしまうのですよ。

 だからといって、この制作者本人がそういった人たちへの悪意を持っているとまでは言い切れないのですが。既に述べたように、「アクセス数云々」というのは割と広く聞かれる言い方な訳で、それを無批判に使っているだけで、書いた本人にはなんの悪意もないと言うことも考えられます。また、「こう言う風にとられかねないことなんだよ」と言うところまで含めて警告という風にもとれますし。

 冒頭にも書いた通り、僕は「こう言うこともあり得る」と言うのは認めていますし、それを前提に、サイト作成者やブロガーが気をつけなければならない点は確かにあるだろうと思います。
 ただ、そちらだけに話が偏るのはやっぱり間違いなんじゃないのか、こういったことを引き起こす悪意の源は、当然、悪意を持った側の人にもあるはずではないのか、そこを明確にしておきたいのです。
posted by けいりん at 16:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>こういったことを引き起こす悪意の源は、当然、悪意を持った側の人にもあるはずではないのか

自衛が大事なのは当然だし、WEBを甘く見すぎている人が多いのは事実だけど、責める側(というより荒らす側だな)がそれを理由に行動するのはどうかと思うのね。

僕はヲチの対象になっても根拠のない批判は単なる悪口をしてスルーできるけれど(というか実際そうしているけど)、そうできない人がたくさんいるわけで、自分と交流のある人がそれを理由に、ネットから去っていくのを見ると、ネットの使い方の難しさを感じたりするねぇ。
Posted by えっけん at 2005年06月21日 19:45
>自衛が大事なのは当然だし、WEBを甘く見すぎている人が多いのは事実だけど、責める側(というより荒らす側だな)がそれを理由に行動するのはどうかと思うのね。

そうそう。
そういうことをよく感じるんですよね。本文中で指摘したような言い方に関して。

>根拠のない批判は単なる悪口をしてスルーできる

大人ですなあ。
私はダメ。もちろん実際の行動としてはスルーするぐらいの知恵は持ち合わせているつもりですが、実際には平静でいられないですね。
Posted by at 2005年06月25日 16:25
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。