2005年07月25日

昔の話(2)

 昔の話である。
 その頃僕は恋をしていた。

 むろん、片恋である。
 相手は、当時割りと仲良くしていた男女数人ずつのグループの一人。もちろんみんなで遊ぶことも多かったけど、性別に関わらず二人で遊ぶってことも案外多くて、僕は彼女とも他の女の子とも、遊びに行ったり食事をしたりしたことは同じ位あったはずなんだけど、なぜか好きになったのは彼女一人だった。
 こういう場合、彼女は仲間の中の別の男が好きで云々というのがドラマなんかの典型的なパターンなんだろうけど、僕らの場合はちょっと事情が違っていた。一応これも嫌になるぐらいドラマ的と言うかマンガ的なパターンではあったのだけれども。と、いうのも、実は彼女は不倫していたんである。

 「絶対みんなには内緒だよ」という台詞とともに、僕がそれを聞いたのは、カジュアルでチープなバーで飲んでいた時のことで。
 僕はと言えば数ヶ月前に等の彼女にフラれたばかりで、少しは漢らしいところをみせたくて「すっきりキッパリ諦めましたよ」という顔はしていたものの、内心ではいろんな物(ご想像にお任せします)がどろどろ渦巻いていた。だから当然、彼女のそんな告白を聞いて平静でいられるわけもなく、「どろどろ渦巻くいろんな物」は行き場のないエネルギーポテンシャルをあちこちから吹き出さんばかりに高めつつあった。
 「え? 何? 不倫て?」
 それでも外面だけは取り繕おうというもくろみが成功していたものかどうか。彼女は物憂げに鮮やかな緑色のカクテル(名前は覚えてない・・・飲みたくもないけど)に視線を落とし、たっぷり数秒感、そんな顔にこそ惚れた僕の心をかき乱したあとで、ぽつりぽつりと話しだした。

 もうずいぶん昔の話だし、彼女やその不倫相手が誰か特定することもできないだろうとは思うけど、流石にこの詳細を書くのははばかられる。
 ただ、僕がどうにかこうにか平静を装いつつ聞き出したところでは、かれこれ二年以上もその相手との関係を続けているのだという。
 「調子いいんだよね。盛り上がってる時は『二人で逃げよう』なんて言ったりして。ホントはそんな気ない癖にね。奥さんと二人目の子どもつくったの、あたしと付き合い出してからだよ」
 「わかってんなら……」
 「別れれば、って? そうだね。何度もそうしようと思ったんだけどね。ダメなんだよね。自分でも何やってんだろって思うよ。あたしらしくないとも思う。そんな馬鹿な女、一番軽蔑してたはずなんだけどね」
 「馬鹿って事ないけどさ。今話聞いてる限りじゃ、オマエ、わざわざ辛い選択を続けてるようにしか思えないよ?」
 「だからよ。だから馬鹿なの」

 こんな嫌になるぐらい陳腐な会話を、僕らはその後も何度か続けた。仲間うちの中でやたらと彼女とばかり会うようになったのはこの頃で、後から聞いた話だけど、この頃僕らは連中の話の中ですっかり付き合ってることにされていたらしい。けれどももちろんそんなことにはなるわけもなく。彼女にしてみればほんの成り行きで(それは実際ほんの些細なきっかけだった)長年の秘密を話してしまって以来、僕はそのことについて愚痴をこぼせる唯一の相手だったからだろうし、僕の方はといえば、まあいつもながらあきらめの悪い僕のことなので、何にせよ彼女と二人で会えるのは嬉しかった。

 いや。違うな。
 そんなのただのキレイごとだ。
 彼女は僕の気持ちを知っていた。もし(ありそうもないことだけど)僕の演技が上手くいって、「今はただの友達としか思っていない」と信じたとしても、僕は彼女にとって、「かつて自分を好きだった男」だった。彼女はそれを利用したんだ。一度でも特別な好意を持ってくれた人なら、自分の愚痴をいやがらず聞いてくれるんじゃないか。「不倫」という、社会的に非難されるような事をしていることにも、批判めいたことを言わずにいてくれるんじゃないか。自分の苦しみや悲しみを、かわいそうだと思ってくれるんじゃないか。そして、結局は奥さんのところにかえって行く男に傷付けられたプライドを、少しでも癒してくれるんじゃないか。きっかけもなにもない、きっと彼女は、最初からそんなつもりで、僕にそのことを打ち明けたんだ。
 そして僕は……僕はずっと、胸が引き裂かれそうだった。だってそうだろう?仮にも自分が好きな相手が、自分に向かって、他の男をどんなに好きか、そのことでどんなに苦しい想いをしているか、そんな話を何度も何度も繰り返すんだ。一度なんか、「それまであんなに気持ちよくなったことなかった」なんて話までされた。それでも僕は大人しく彼女の話を聞き続けた。なぜかって? そりゃもちろん、こうしていい人を演じていれば、いつか彼女が振り向いてくれるんじゃないかと思ったからだ。怒らせたり、嫌われたりしなければ、いつだってチャンスはありそうに思えた。手っ取り早く押し倒しちまおうかとまで思ったこともあった。けれども、それでチャンスを失うのが怖くて、ついに僕は、決定的な行動には出られずにいた。
 要するにその頃の僕と彼女を結び付けていたのは、打算と下心と怯懦の複合物でしかなかったのだ。

 結局利用されてるだけなんだよな、そう思ったのは、彼女が不倫相手といい感じの時は滅多に僕と会おうとしないのに気付いたからだった。別に相手と会うのに忙しいってだけでなく、誘えば出てくるもののあまり盛り上がることもなく、暇な時でもむこうから声がかかることなんてまずなかった。そしてひとたび不倫相手と何かがあると……ケンカしたり、奥さんがいる相手だと思い知らされたりすると、昼夜問わず電話をよこすのだった。

 だからって恋心が冷めたとか距離をおくようにしたなんて事は全然なくて。
 僕はそれからも彼女の求めにはできるだけ応じ、そのつど苦しい想いをし続けた。彼女が求めていない時にはこちらから求め、その時はその時であまりにも気乗りしない様子に、やはり自分自身が必要とされているわけではないのだと絶望を新たにした。

 ただ。
 時間というのは、放っておいても流れて行く物で。
 要するに、彼女は僕に飽きたんだろうな。
 というよりも、「僕に愚痴をこぼすこと」に飽きたのか。
 彼女からの誘いは、少しずつ、少しずつ減っていって、気が付いてみると彼女を誘っては飲みにいき、ただ以前のようにだらだらと普通の話をするだけの僕がいるのだった。

 そして僕らはまたただの友達に戻った。
 内心の激動を思うと奇妙な気もしたけど、考えてみれば僕らの間には、「僕が告白し、彼女がふった」という以上の関係は結局生じなかったんだから、妙なわだかまりが生まれる理由もなかったんだよな。
 僕もいつからか彼女だけを誘うことをやめ、僕らは再び元の仲間たちと一緒に遊ぶようになった。
 僕が「オマエら付き合ってるんだと思ってた」って話を聞いたのもこの頃。「冗談よせよ、最近たまたま一緒になることが多かっただけだよ」なんて言いながら。僕はその時そこにいなかった彼女のことを考えていたものだった。また不倫相手と会ってるのかな、なんて思いながら。

 彼女が不倫相手とスッパリ別れたと知ったのはそれから一月ばかりあとのことで。
 ひょっとしたら僕とちゃんと付き合うために……なんて妄想を膨らませる暇はなく。
 なぜならそれが分かったのは、彼女が仲間うちの別の男と付き合い出したからなのであった。
 
 これでどこか「不全感の残るメロドラマ」というか「行き着くとこまで行かない昼ドラ」のようなお話はオシマイ。
posted by けいりん at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛、性、性差 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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