2007年10月03日

へっぽこSFファンによる、SF初心者のためのSF案内(第2回)

けいりん(以下「け」):さあ、乗りに乗って第2回だ!

ケイリソ(以下「ケ」):なんでそんなに元気なんですか。

け:カラ元気も元気! どんどんいくぞ! 今回はこれだぁっ!


『航路』コニー・ウィリス(上)

『航路』コニー・ウィリス(下)/ヴィレッジブックス


ケ:………

け:な、なんだよ。

ケ:分厚い。

け:うっ!

ケ:「初心者に薦める」でこの厚さはちょっとないんじゃないですか。合わせてえーっと……1300頁近くもありますよ。

け:い、いや、しかしだな、SF初心者が読書に慣れてないってわけでもないだろう。

ケ:そりゃそうですけど、「SF的面白さ」にあふれたこの長さは、やはり初心者には。

け:それなら心配ご無用! コニー・ウィリスの、そして訳者である大森望の文体はとても読みやすいし、物語としても軽さがあって、リーダビリティはものすごく高い。キャラクターは魅力的、愉快なドタバタ劇あり、緊迫の展開あり、感動ありの展開は、多少本に慣れていない読者でもぐいぐい引き込む力を持っているはずだ。SF的面白さ、という点についても、さらっと読むと素通りしてしまいかねないものだし、そう言う意味では前回の『光の帝国』と同様、「SFとして読まれないかもしれないけど、立派なSFなんだよ」という基準で選んだつもりだ。まあローカス賞とか、2003年度版《SFが読みたい!》海外SF部門第1位とかを受賞しているんで、SF界からの評価もとても高い作品には違いないんだが、先入観なしで読んだらSFだと思わない読者がいても不思議ではない。

ケ:そうですか? いやしかしこの長さは。

け:しつこいねオマエも。いーからだまされたと思って読んでみろってーの。すぐ読めるから。

ケ:わかりました、厚さに関しては目をつぶりましょう。で、一体どういうお話なんですか。

け:臨死体験に関する話、だな。臨死体験を科学的に解明しようという研究をする認知心理学者のジョアンナが、副作用なしに疑似臨死体験ができる薬の実験を通して、その謎に迫っていく、というのがおおざっぱなストーリーだ。

ケ:ちょっと地味そうに聞こえますが。そのストーリーでこの長さは……

け:しつこいっての。そりゃああらすじだけ聞いたんじゃそう聞こえても無理はないが……。臨死体験を神秘体験の一種であると主張するノンフィクション作家やら、重病ではあるが大人を思い通りにする事に長けた少女やらがからんで、ジョアンナが研究を進めようとするのをとどめたり、引っ掻き回したりするコミカルな展開は、こんなへっぽこの俺様の紹介では伝える事ができん!

ケ:じゃあ紹介とかするなよ……

け:なんか言ったか?

ケ:いえいえ、それで?

け:おう。他にも「特定の人物といっこうに連絡がつかない」って状況の扱いとか、笑える要素は盛りだくさん。このコミカルさ、まさにスラップスティックって感じのどたばた騒ぎに牽引されて読み進めていくうちに、テーマである臨死体験の謎は、少しずつ、深まっていく。ジョアンナが自らの疑似臨死体験を解釈しようと躍起になっていく様は、ちょっとサスペンス的ですらあるな。

ケ:コミカルで、サスペンスですか。

け:相反するかに見えるその二つを無理なく融合させてしまうのがコニー・ウィリスのうまいところだ。

ケ:なるほど。で、どの辺がSFなんでしょう?

け:うん。まずはいくつか架空の物質、架空のテクノロジーが出てくる、というのが一つ。とはいえ、少なくとも医学的知識のない一般読者にとっては、どれが架空のものであるかは最後の解説を読むまでわからないだろうと思う。

ケ:でもその程度なら、何も「SF」って振りかざしてない作品にもいくらでもありますよね。

け:うん、そりゃそうなんだが。ただ、それら架空の物質やテクノロジーが、ストーリーの組み立てと結末に密接に関わっていて、「ただの小道具」に終わっていないところは非常にSF的要素が高いと言っていいと思う。
 もう一つは、それらがあくまで「科学的」に扱われてる、ってところがなんともSFなんだな。

ケ:架空のものに科学的も何もないんじゃ……

け:いやいや、そんなことはないさ。
 例えば、SFと言えばよく思い出されるものに「宇宙人」ってのがあるな。

ケ:グレイみたいなやつですね。

け:まあそうだ。これはまあ他の星にいるかもしれないって言う架空の生物な訳で、架空の生物であるからには、好き勝手な姿、特徴、生活様式を考えだしても、何の不都合もない

ケ:そりゃそうです。

け:……と思うのが非SF者だ。いやもちろん、好き勝手に異星の生物を描いたSFもたくさんあるし、そういうものを「SFではない」と切り捨てるのは俺の本意ではないのだが。ただ、ハードSFと言われるものやそれに近い要素を持つSFでは、架空の生物だからといって科学的な考証をおろそかにはしない。例えばその星の自然環境や、進化の必然、代謝機能上の合理性、それにもちろん物理的、化学的な既知の法則などを考慮した上で、あたう限り「リアル」に、宇宙人を描写する。例えば有名な「タコ型火星人」なんかも、H.G.ウェルズが『宇宙戦争』で描いた当時の、科学的知見に則って考えだされたものだ。

ケ:でもそれってなんか意味あるんですか。

け:そう言われると正直弱いな。というのは、そういった「設定上の面白さ」に魅力を感じてしまうのは、SF者によくある「性」の一つだからだ。これからSFを読もうという初心者にとっては、こういうい妙にこった部分は魅力どころか引いてしまう要素かもしれない。まあちょっとオタクっぽいことは俺も認めよう。
 だが、「なんでもあり」の奔放な想像よりも、なにがしかの縛りのある想像の方が人を引きつける場合というのはあるものだし、なんであれ、細部にこだわったものには、細部に気がつかない人にすら伝わる、ある種のリアリティとか、すごみみたいなものが生まれるんではないかな。

ケ:ああ、それは何だがわかる気がしますね。音楽や絵画にもあてはまるような

け:そうそう。「知」のジャンルにおいてそういうものが生まれていけない理由はないだろう?
 ちょっと話が逸れたが、この作品における臨死体験や架空の物質の扱いも(どちらかといえばストーリー上の必然性から導かれたようにも思えるが)、少なくとも物語の内部においては、科学的な扱い方を逸脱はしていない、ということがいいたかったんだな。これは「設定好き」というのとはちょっと違う話ではあるけれども、この扱い方が作品にリアリティを与えている、という点では、通じるものがあると思う。

ケ:つまり、物語内で科学的に扱われる架空の物質が、それ自身物語を形作るために不可欠である、という事ですね。そういう点がSFだ、と。

け:そうだ。SFといってもそういうものばかりではない事も、改めて強調しておきたいところだが。
 科学的、とか考証とか言うと、ちょっと小難しい雰囲気があるよな。実際、SFってものに対してSFを読まない人が持ってるイメージは、「子供っぽい」か「難しい」かに二分されているような気がする。だが、科学的に物事を描写していても、単純にストーリー自体がとても面白い小説があるという事、そしてその面白さの一端を、科学的な設定自体がになっている場合があるという事を、SF初心者にもぜひ知ってもらいたいんだ。
 同じく医療が絡む、読みやすい、「SFとしては読まれていないかもしれないけど立派にSF」ってものには、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』があるが、こちらはさらに「架空の科学テクノロジーが、人の認識のあり方を変える」っていうところまで一歩踏み出していて、よりSF度は高いかもしれない。

ケ:有名な作品ですね。

け:うん、いつかとりあげるかもしれないな。
 ところでさんざん「科学的」とかいったが、『航路』には実は 多分に宗教的な部分もあり、それも感動の一端を担っている。ただし、肝心の部分は曖昧にぼかされていて、科学的であることから逸脱しきっているわけではないと思う。
 そんな風に、多層的に楽しめる『航路』。楽しくて泣ける、極上のエンタテイメント。この先SFを読む気がない人にもオススメしたいくらいだ。

ケ:……いいのかな、そんな事言っちゃって。
posted by けいりん at 23:20| Comment(0) | TrackBack(2) | 初心者に薦めるSF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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