2004年09月13日

『ケルベロス第五の首』

ジーン・ウルフなんである。

ジーン・ウルフといえば、あの傑作SFファンタジー『新しい太陽の書』4部作だけが邦訳されている(ただし現在入手困難)、あの作家である。短編は何かアンソロジーに入ってたと思うけど、それ以外は名前だけが繰り返し聞こえてくる、しかも大変高い評価とともに繰り返し聞こえてくる、私のような中学生以下のレベルの英語力しか持たない人間にとっては、まるで拷問のような事態になっている、そういう作家なのである。

その初期作品が新たに邦訳出版されていると言う。
最近本屋をゆっくり物色する時間を持てずにいる私が気付いたのはSFマガジン十月号の特集をみてから。おお、これは読まずばなるまいというんで急ぎ購入。

三つの中短編からなる連作。
遠未来、「なんにでも姿をかえられる原住民が、入植して来た人類を皆殺しにしてそっくり入れ替わっている」という伝説のある二重惑星を舞台にした3つの物語。

さて、ここで困ってしまう。
面白かったんである。夢中になって読んだんである。
第三部では「をを!」と唸ったりもしたのである。
まぎれもない傑作だと思う。
けれども、この作品を語れるぐらい理解しているかと問われると、ちょっと読み直してもいい?と思ってしまうのだ。
そして読み直しても充分理解できるかどうか、はなはだ心もとないのだ。

作中にちりばめられた、「文学的」といってもいい「符丁」の数々なら分かる。だいたい二重惑星という舞台からしてかなり暗示的だし。

ストーリーもわかった、少なくとも「分かったと思う」。
わざと曖昧に書かれている部分についての自分なりの解釈もできた。

けれども、何か読み落としているんじゃないかという感じが消えないのである。うかつに語ってしまうことが、とんでもない誤解や先入観を植え付けてしまうんじゃないかっていう、そんな感じ。

うーん、これじゃ紹介にならないなあ。
第一部である表題作は、一番ストレートに単独の物語として楽しめると思う。ある男の少年時代と出生の秘密。
第二部は、第一部に登場した民俗学者が収集した、この惑星に伝わる民話。
第三部は獄中の男の手記。
第二部、第三部と進んで行くに従って、第一部では語られなかった世界の形が、おぼろげにうきあがってくる。第一部にちりばめられた不要とも思える枝葉のエピソードが、ひとつひとつ意味を持ってくる。
この、「何かが立ち現れてくること」こそ、この本を読む最大の快感だと思う。
それは決定的に明かされることはない。ただ読者は断片からそれを推測できるだけだ。
そしてそんな曖昧さから生じる不安は、作品に一貫して流れる「アイデンティティ」というテーマとリンクする。

何と言うか、周到すぎて、緻密すぎて、やっぱり私が語るのはこの辺りが限界。
一つだけ付け加えておくと、個人的には、最終的な読後感がアゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作に似ているように感じた。いや、別に第一部が「兄弟の居る主人公の幼い頃の話」で始まるから、というだけではないと思うんだけど。


ケルベロス第五の首
ジーン・ウルフ , 柳下 毅一郎

発売日 2004/07/25
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04/9/15、いくつかトラックバック。

「日々是研究所」の関連記事
やあ、非常に読み込んでらっしゃって面白い面白い。
これを参考にして私も読み直してみようかなと。
追加もあって、最初の検討に修正が加わった部分もあるので注意。

「医学年伝説」の「言語によって美しく意味ありげな世界がつむぎだされていればそれでいいのだ、と考えればよろしいのですかな」というのは、私のスタンスにかなり近い感じ。だいたいそんな風に楽しみました。

「ほのめかされる謎」は、時としてその回答以上に魅力的であるように思います。

あといくつか。時間みてちょこちょこ紹介します。
posted by けいりん at 13:31| Comment(6) | TrackBack(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「日々是研究所」読んでいただいてありがとうございます。まあ、あれは我流のいい加減なので割り引いて読んでください。でも「ケルベロス」ああでもないと考えるのは、楽しいですよね。
Posted by なおき at 2004年09月16日 13:10
私も今日読み終わりました。や、買ったのはけいりんさんより先なんだけど(笑)
んで、3つの物語の繋がり(少なくとも時系列の)はわかった「気がする」(^^;)
でね、この「曖昧さ」、好きです。
こないだうっかりホーガンの新作を読んでしまって、またしてもハリウッド大作ねらいの「ハッキリクッキリ」さにヘキエキ、気持ち萎え萎えだったので、余計にね。読み終わって、さっき2回目のおさらいをしたとこです。
訳者の柳下さんの地獄に関する見解も面白かったんだけど、わたしは断然「緑の目」に惹かれたです。
「緑の目」とくに茶色の斑点のない翡翠のような緑の目というのは、欧米人にとって特別の存在であるようです。で、このことに、幾人かの女性の漫画家は早くに気づいて作品に取り入れているんですね。(特に名香智子さんはシリーズで描いてます)そのせいもあって、私の頭の中にも緑の目が持つ独特の意味づけが刷り込まれています。もちろん、アイデンティティに関する部分は重要だし、言うまでもなく胡蝶の夢からカフカから、古今東西の作家が様々に描いているテーマで、わたしの好きなテーマでもあるんですが。(卒論もその線で書いたんだよね)。
でも、「緑の目」みたいなさらっと通り過ぎそうなアイテムの方に引っかかるの。あと、なんの説明もなくイニシャルで登場する自称アンヌ人の乞食とその息子の名前とか。他の小道具や動物や2話のアンヌ人の名前も気になる。で、読み終わって直ぐおさらいしたくなったんですよ。
しかし、読み終えて直ぐにもう一度読む気になるというのは(こんなの久しぶりですよ)、なによりこの作品の空気感とか世界とか、絶対に他の作家にないクセが好きだからなかぁ。読み終わってうなったのも最近にないことですだ。まぁ、これの前に読んだのが「ダヴィンチ・コード」だってのもあるか(笑)。コアでマニアックなサイトができるのもうなずけます。誰か巻末で紹介されているサイトのテキスト訳してくれないですか。

>なおきさん
サイトへお邪魔して、大変面白く解釈を読ませて頂きました。ほんとによく読み込んでいらっしゃいますね。3話の奴隷は、お、そう読むのね、という感じでした。「入れ替わり」というのも重要なものの一つですけど、「融合」についてはいかがですか?私はどうも、完全な「入れ替わり」よりも「融合」の方を強く感じましたが。(集団意識という古風なアイテムともかかわりますし)ネイティブアメリカンも、他の古代の土着宗教なども、「入れ替わり」(宗教儀式における憑依、でもいいですが)とともに「融合」も重視していますよね。
ともあれ、様々な読み方ができるように描く、というのは、よほど慎重に緻密に構築しないとできないことですから、やっぱりジーン・ウルフはすごいんだな、と、こんな結論しか結局でないのですね、私程度では(^^;)
Posted by ciant at 2004年09月18日 00:18
>なおきさん
コメントどうも&返事遅れてすみません。

そうなのです。
ああだこうだ考えることそのものが愉しくて、極端な言い方すれば真相なんかどうでもいいような気になってしまうのです。それでも、いえ、だからこそ、深く読み込んだ考察を読むのもまた楽しいのですね。なるほどとかそうきたかとか。
>ciantさん
いやあ、私も再読にも心惹かれたんですが、「新しい太陽の書」も面白かったよなぁなどと手に取ってしまったのが運の尽きというか。

ホーガンの新作はトンデモ系だと聞きましたがどうなのでしょう。や、ある意味ずっと「トンデモ」ではあったんだけど、聞くところではモロ「ソッチ系」だとか。
ミモフタもない言い方をしてしまえば、ホーガンは小説が下手な頃の方が面白かった気がしますね。私の好きなバクスターはそうなって欲しくないなあ。

「ダ・ビンチコード」とか「ダンテクラブ」とかってイマイチ食指が動かないんですがどうなのでしょう。
Posted by けいりん at 2004年09月21日 03:04
>けいりんさん
> ホーガンの新作はトンデモ系だと聞きましたがどうなのでしょう。
> 聞くところではモロ「ソッチ系」だとか。

そうっすよ、モロ「トンデモ」です(笑)。いや、もちろん、ねらいなんだろうけどね。だって、「衝突する宇宙」ですぜ、ダンナ。あれがほんとだったら・・・っていう発想、キケンだよねー?元がアレなもんで、最後はハリウッドお得意のディザスタームービーになっちゃうんですよ。しかも、第1部なんですと。後2部続くらしいけど、発刊が格別待ち遠しくないってビミョ〜(^^;)

> や、ある意味ずっと「トンデモ」ではあったんだけど

そうなんですよね、その力業を楽しむところがあったんだけど、ホーガンは。
でも、後から考えると、ガニメデシリーズも、造物主のシリーズも、ガジェットはSFだけど、どっちかっていうと推理小説だよねぇ。この人、元々SF書きじゃないのかも。実際、普通小説書いてるし。
私も初期の頃の方が好きですわー。

> 「ダ・ビンチコード」とか「ダンテクラブ」とかってイマイチ食指が動かないんですがどうなのでしょう。

私も友達が貸してくれたのでなければ読みませんでしたね。自分じゃ買わない本に入っちゃうなぁ。だから、昨日も、通勤時に読む本がないなぁと思いながら、「天使と悪魔」は買いませんでした。あれに3600円出すなら、他に救出対象(買わねばってこと)の本がいろいろあるので。
でもね、面白いことは面白いんですよ。トリックとか、暗号とかはたいしたことなくても、その隙間を埋めるウンチクが楽しいの。どっかで借りられたら、読んでみても損はないです。けいりんさんなら一日で読めますし。メイソンとかイルミナティとかに一度は興味を持って、エーコなんて読んじゃった人(私だ)なら、ニヤニヤしながら読めます。
Posted by しあん@昼休み at 2004年09月21日 12:45
ciantさん、けいりんさん

「融合」そうですね。単純な入れ替わりでなく混ざっていっているとか、あるいは記憶のみの融合とかあるかもしれませんね。どうも緑の目の話と全体が私にはうまくつながらないんですよ。もし本当に全く真似できるのなら「緑の目」は意味ないですしね。

まあ真相はどうでもよいのは賛成で、その上で遊べるだけ遊んでみるという感じ。
Posted by なおき at 2004年09月21日 19:19
読むきっかけになったSFマガジンの対談「『ケルベロス第五の首』に謎はない」をようやく読みまして、ていうのはできるだけ情報を入れない状態で読みたくて敢えて中身には目を通さずにいたのを今日になって思い出したんですけどね。
や、いろいろびっくりした。「ああ、そうか!」のオンパレードですわ。
やっぱ再読せな。

>ciantさん

緑の目。アルセーヌ・ルパンものに「緑の目の少女」とか言うのがあったような気がしますが、これもそういうイメージをふまえたものだったのですねーと前々関係ないところで妙に納得してしまいました。

ホーガンは妙なとこに行っちゃいましたねえ(遠い目)
や、それでも昔だったらきっちり論理構築してくれたと思うんですけどね。

>ウンチクが楽しい

ああ、そういうのはなんか分かる気がします。
『最後の晩餐』については、昔NHK教育でやってた、どっかの学生が「ユダは誰か」を追求する、ってヤツ、結構面白かったです。

>なおきさん

遊んでみる、それを徹底してできる人ってすごいなあと思います。私はどうも中途半端で。
Posted by けいりん at 2004年09月23日 23:02
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