2007年10月10日

へっぽこSFファンによる、SF初心者のためのSF案内(第3回)

けいりん(以下「け」):……………………

ケイリソ(以下「ケ」):どうしたんですか?

け:んー。実はまだちょっと迷っている。

ケ:迷ってるって……今日紹介する本ですか。

け:うむ。

ケ:まさかもうネタ切れ……

け:失敬なっ! いくらへっぽこでも、立った二冊紹介した程度でネタ切れになぞならんわ。実際紹介したい本のストックならまだまだたくさんある……のだが……

ケ:だが?

け:いやな、最初の二回は「あまりSFとして読まれていない本の、「SFとしての面白さ」について語る事で、初心者の眠れるSF心を刺激しよう,というチョイスだったんだが。
 三回目にもなれば、そろそろ「誰が見てもSF」ってものを持ってくる時なんじゃないかな、。

ケ:いいじゃないですか。どんどん行きましょうよ。

け:それが、この手の作品になってくると,どうにも「自分の基準」に自信が持てないんだよなあ。へっぽことは言えSF者の考える「とっつきやすさ」の基準が、はたしてどこまで一般に通じるものか、とか。
 かつて身内相手にグレッグ・イーガンで玉砕してるしなあ。

ケ:いや、そんなん考えたってしょうがないですって。そもそも人の好みなんて千差万別十人十色なわけで。

け:まあそりゃそうなんだが……

ケ:ええい! いつまでぐちぐちぐちぐち言うとりますかっ! とっとと始めなさいっ! 始めないと私ゃ帰りますよっ!

け:わわわわかったわかった。じゃあいくつか候補がある中から、これ、行っとこう。

『ヴェイスの盲点』野尻抱介


ケ:うわーっ。こりゃまたずいぶんとSFチックな表紙ですね。

け:……

ケ:しかもタイトルにいきなり固有名詞。ファンタジーにしてもSFにしても、こういうのってなんか「通向け」な感じがして一般人には敷居が高いんですよねえ。

け:そそそそんなことはないだろ。ゲーテにだって「若きウェルテルの悩み」とか「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」とかあるし、シェイクスピアなんて「オセロ」とか「リア王」とかそんなんばっかじゃないか。

ケ:いやしかし今時の一般読者が読みたいのは、「今、世界の中心に会いにいきます」みたいな、説明的でありつつ実は何も語っていない、そう言う意味で汎用性が高くて耳に心地よいタイトルの本なのではないですか。それをいきなり「ヴェイス」て。だいたいそれは人名ですか地名ですかそれともで哲学上の概念かなんかですか。

け:……文句あるなら読むなよ。

ケ:いや別に文句とまでは。珍しくテンション低いので面白くていじめたくなっただけで。

け:オマエねえ、そう言う事するとグレるよ。

ケ:はいはい、わかりましたわかりましたどーもすいません。
 で、そう言うタイトルにも関わらず、内容は「取っ付きやすい」わけですね。

け:うむ。ただ、やっぱり敷居が高いというか、ある程度人を選ぶところはあると思う。というのも、舞台が宇宙なんだよな。

ケ:うわーっ、来ましたね! なんか、SFファンってやたら宇宙へのロマンとか語りたがりますよね。

け:わるいかっ! 宇宙はロマンだっ!

ケ:いやだから別に悪いとまでは。でも、「宇宙ものって読めないんですよ」って人もいますよね。僕が知ってるだけでも2、3人いますよ。

け:うーん。しかし、漫画やアニメには宇宙が舞台ってものなんか昔っからあふれかえってるじゃないか。オレにしてみれば今更抵抗あるってのもよくわからんのだが。

ケ:まあまあ、そう意固地にならずに。活字で読むのは苦手、って人もいるでしょうし。

け:うん、まあな。オレ自身、「活字で読むスペースオペラは苦手」なタイプなので、気持ちはわからんでもないんだが。
 ただ、舞台が宇宙=荒唐無稽、みたいな偏見があるとしたら、そんな思い込みはこの際捨てておいた方がいいぞ。

ケ:というと、荒唐無稽ではない?

け:うん。全くそういう要素がないとはいわんがな。
 著者の野尻抱介は、この本に始まる《クレギオン》シリーズを、「英雄不在のスペースオペラ」として書いたと言っている。

ケ:それ、こないだっから何度も聞いた言葉ですけど、「スペースオペラ」って何ですか?

け:よくぞ聞いてくれた。そうだな、一言で言うと、「宇宙を舞台にした冒険活劇」の総称、だな。

ケ:要は「スターウォーズ」みたいな奴ですか。

け:その通り。小説で代表的なのはE.E.スミス『レンズマン』とか、エドモンド・ハミルトン『キャプテン・フューチャー』ってあたりか。もともと、安っぽい西部劇「ホースオペラ」を宇宙に移しかえただけ、ってような軽蔑的な意味合いのあった言葉である事からもわかる通り、科学法則等はほとんど考慮せず、英雄や悪者が宇宙狭しと駆け回る、って話が多い……ようだ。いや、実はさっき言った通り、活字でスペオペ読むのは苦手なんで、あんまり良くは知らないんだが。

ケ:さすがへっぽこ。

け:うるさいなっ!

ケ:でも、これは読めたわけですね。しかも人に勧めたいほど面白かった、と。

け:そうだ。まあ、「スペースオペラ」って言葉も、「SF」そのものと同じように、広い定義から狭い定義までいろいろあって、人によって捉え方が違ったりするわけでな。著者には悪いけども、オレにとっては《クレギオン》は、必ずしもスペースオペラじゃないんだよ。

ケ:それはどういうことでしょう?

け:うん。その話の前に、あらすじを話しておこうか。
 舞台は宇宙。時は未来。超光速航法が確立したその世界で、社長のロイドと社員のマージ、二人きりからなる零細運送会社・ミリガン運送の宇宙船アルフェッカ号は、惑星ヴェイスにたどり着く。ところがその軌道上は「大戦」の遺産である機雷群に覆われており、簡単に地表にたどり着く事はできない。そのためには優秀なナビゲイターが必要不可欠だ。
 物語は主に、この惑星における人々の生活と、常に一攫千金をねらうロイドの奮闘を軸に進行し、それに機雷を巡る謎と陰謀がからまってくる。

ケ:うーん。どこから聞いてもSFですねえ。

け:それが躊躇してた理由だが。しかし、そんなに敬遠する必要はないと思う。山師的性格のロイドと、彼を諌めながらもずるずる引っ張られてしまうマージ、この二人の掛け合いは軽妙だし、ストーリー上の起伏も、適度にドキドキさせられたり、ほのぼのさせられたりと飽きる事ない。緊迫感のあるシーンも多く、「宇宙」を抜きにしても充分楽しめるのではないかと思う。

ケ:なるほど。しかし「宇宙を抜きにしても」となると、どこから見てもSFにもかかわらず、「SF的な面白さ」がどこにあるのかと疑問に思えてきますね。

け:それがさっきの話とつながるんだな。
 確かに今、「宇宙を抜きにしても」と言った。けれどもそれは、宇宙に対する、ほとんど説明不能な憧れ、ロマンといったものを抜きにしても、という話で、実はストーリー上、この話は宇宙を舞台にしている必要がある。
 逆に言えば、そう言う憧れやロマンのみを追求するのなら(まさに西部劇を宇宙に移し替えた場合のように)、ストーリー上の必然など些細な問題だとも言えるだろう。そこで追求されるべきは「宇宙である事」自体であって、その事が読者に与えるイメージや感情だからだ。
 それが従来型のスペースオペラの、最も典型的な形だろう。そこではしばしば、「宇宙」が「未知の世界」である事が重要となるため、奔放な想像力が編み出した、現実の法則とは無縁の現象や怪物が描写される事も多い。
 だが、野尻抱介が描くのは、あくまで「等身大の宇宙」なんだ。そしてそのことこそが、「舞台が宇宙である事の物語的必然」を与え、この物語のSF的面白さを支えているんだ。

ケ:等身大って……でもさっき、「超光速航法」がどうこうって言ってませんでしたっけ。

け:ああ、言った。確かにこの物語はそういう技術が存在する世界の話だ。超光速は通常不可能だとされているし、それが実現されたとしたら宇宙はあまりに広大なので、「等身大」とは思えないかもしれない。
 だが、この話が、ほとんど一つの惑星上を舞台に展開される事に注意してほしい。
 設定上、超光速が使えるのは恒星間宇宙だけで、天体の近くでは重力の影響等が大きいため、通常の、光速以下の航法しか使用できない事になっている。そしてこの物語に限らず、《クレギオン》シリーズはほとんどどれもが、どこかの恒星系にアルフェッカ号がついたところから話が始まり、そこからほとんど舞台をうつす事がない。そこに至るまでの過程にページを割いている巻も多いが、基本的に物語の核となるのは、ほとんど一つの恒星系内の出来事だ。
 そしてひとたび舞台を設定してしまった後では、その舞台で描かれる宇宙船の挙動や人々の生活は、ある程度の奔放な解釈を除けば、ほとんど「現実的」なものなのだ。ここでいう「現実的」とは、「科学的逸脱がない」ということだが。人が実際にそこにいたら、少なくとも理屈の上では、同じ事が可能であろう、という事だな。

ケ:前回の話と似ていますね。

け:まさにその通り。科学考証がしっかりしていて、その事自体が物語と密接に絡んでいるものを「ハードSF」というが、この《クレギオン》はまさにハードSF。前回の『航路』は、「科学的に扱っている」とは言ってもそれが描写上の問題にとどまっており、それ自体深く掘り下げられたりする事がない点から見てもハードSFと呼べるかどうかは微妙なところだが、《クレギオン》は「科学的に構築された架空の世界」を描く事に大きなウェイトが割かれており、そう言った点は王道のハードSFと呼んでいいだろう。
 それでいながら、先にも言った通り、物語としての面白さはたっぷりあるし、文体は平易でさらっと読める。
 まさに「初心者に薦める」「SF」にふさわしいシリーズだ。

ケ:ただ、ハードSFって難しくはないんでしょうか。

け:いやいや、全然。難しいものもあるし、本書にもいくつか、このジャンルに馴染みのない読者には聞き慣れない専門用語は出てくるが、雰囲気だけ掴んで読み飛ばしても、そんなに問題はない。もちろん、興味を持ったものがあれば掘り下げて調べてみてもいいし、そうやってハマってくれれば作者やオレの思う壷……いやいや、興味の幅が広がり、知識が増えるのは喜ばしい事だろう。

ケ:今、本音が垣間見えましたが。

け:SF布教のためにやってるんだ、何が悪い。

ケ:……まあいいですけど。

け:さて、作者の野尻抱介だが、他にもSFをたくさん書いているし、アニメ化された「ロケットガール」のように、本書と同様、ライトノベルレーベルで書かれた、軽い文体の読みやすいものも数多い。ただ、それらはバランス的に「SF的面白さ」に偏りがちで、物語としての面白さを兼ね備えているという点では、この《クレギオン》が一番だとオレは思う。もちろんどれも小難しい話ではないし、好みもあるので一概には言えないんだが。

ケ:「ハードSF」は敷居が高そう、という人にも安心して読めるシリーズ、って事ですね。

け:そうだな。前回に続いて、「ほら、ここまでSFっぽくて、ここまで科学的である事にこだわっていても、ちゃんと面白いでしょ、むしろ科学的である事に付随する面白さってあるでしょ」ということが言いたかったセレクトだ。
 そろそろ科学っぽくないSFの話もしたいなあ。

ケ:それは次回以降、という事で。それではまた来週。

け:また来週〜。
posted by けいりん at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 初心者に薦めるSF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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