2007年12月20日

へっぽこSFファンによる、SF初心者のためのSF案内(第11回)

けいりん(以下「け」):もうね、あきらめた。

ケイリソ(以下「ケ」):……………………

け:これからは、潔く、「不定期連載」ってことにするよ。

ケ:………

け:な・なんとかいってくれよ。

ケ:……いいんじゃないですか、アナタがそれでいいというのなら。

け:ぐっ。オマエそんなオレが高校のころ部長やってた部活の副部長みたいな冷たい言い方しなくとも……

ケ:誰ですか、それはっ! そんなん読者にわかりませんて!

け:お、大声が出たな。

ケ:全くもう……いいですからちゃっちゃと始めましょう。不定期連載移行後の記念すべき第一作はなんですか。

け:そうそう、そういうわかりやすいイヤミじゃないと調子がでないんだよ……えーっと、今回はこれだ。


『ヴァーチャル・ガール』エイミー・トムスン/ハヤカワ文庫SF


ケ:どっかで聞いたようなタイトルです。

け:あいや、言ってるのが2000年に放映されたテレビドラマバーチャル・ガールのことだったら、全然関係ないぞ。ていうか、今回検索するまでそんなドラマの存在自体よく知らなかった。テレビには疎いので、関係者の方、ファンの方、勘弁してくれ。

ケ:タイトルが同じなのは偶然ですかね。

け:まあそうかもな。「バーチャル・リアリティ」なんて言葉が広く使われるようになって久しい今、別に「パクリだ」と騒ぐほどのタイトルでないのは確かだな。どっちが先かと言えばこの本の方が先だが、全く独自に思いついたタイトルだとしても不思議はないわな。

ケ:ドラマのほうはそれこそバーチャル・リアリティ絡みらしいですけど、この本もそうなのですか。

け:いやいや。バーチャル・リアリティが全く無関係とは言わんが、そこはあまり重要ではないかな。この本の主人公は、少女型のアンドロイドなのだ。

ケ:うわーっ。そりゃまたベタというか萌えというか。

け:うん。実は今回は、そう言う点でのアピール度も勘定に入れてのオススメだ。
 舞台となるのは、ある事柄をきっかけに本格的なAI(人工知能)が禁止されている未来のアメリカ。コンピューターの天才アーノルドは、法を犯して秘密裏に精巧な女性型アンドロイド「マギー」を完成させる。マギーの正体が知られるのを避けるため、二人は波乱に満ちた放浪の旅に出るが……

ケ:二人旅ですか。火サス的要素も満載ですね。

け:いや、そんな事はないと思うが(笑)。
 まあ、トラブル続きの冒険の旅である事は確かだな。特に、まだまだ生まれたてであるマギーにとっては、人間世界はわからない事だらけ。それ故にトラブルに巻き込まれそうになったり、正体がばれそうになったりと、「旅もの」としての起伏に富んでいて、単純に面白い。

ケ:そして男女の旅ってことでお色気も充分、というわけですね。

け:ふふん。かかったな。

ケ:え?

け:そんなギャルゲやエロゲ的なだけの小説を、オレがわざわざ勧めると思うか。

ケ:またまた。好きなくせに。

け:う。いや好きじゃないとはいわんが、それはそれ、これはこれ、と言うか……とにかく、そこはそう安易に行かないんだってば。

ケ:と言いますと。

け:うん。まずはマギーを作り出したアーノルド。彼は大企業の社長の息子でありながら、自分の人生を父親にコントロールされるのがいやで、家を飛び出してホームレス生活をしながらマギーを作り上げるのだが、その生育環境の影響で、人、特に女性が極度に苦手なんだ。母親を幼い頃になくし、父親と関係を持つ女性たちの自分への冷たさ、あるいはわざとらしい媚び、そう言ったものにさらされ続けてきたために、女性に対して根強い不信感を持っている。そんな彼が「理想の女友達」として作り上げたのがマギーだ。

ケ:ますますエロゲ的展開が予想されるのですが。

け:ところがだな。アーノルドは完璧主義者である故に、確かにマギーは、外見的解剖学的に、完全に人間と変わらない姿をしている。要するにセックスは可能だ。だが、彼にマギーを作らせたのとまさに同じ理由で、彼はマギーに対して性的な行為に及ぶ事、性的な欲望を抱く事を、強く自らに戒め、忌避しているんだ。

ケ:それでも、そんな彼が心を開き、体でも結ばれていく、みたいなエロゲは星の数ほどありそうですが。

け:いや、まあそれはそうなんだが、この本ではそうはならない。アーノルドも一度はマギーに手を出そうとするが、ぎりぎりで思いとどまる。

ケ:そこまで女性とのセックスを避けるのに、なんだってわざわざ女性型のアンドロイドにしたんでしょうね。

け:そこだよ。つまりアーノルドにとって、マギーというのは一種の逃げ道なんだな。自らは女性に対して欲望を覚えるが、(自分を含む)男性と性的な関わりを持つ女性は、父親の多くの愛人たちと同じレベルの女でしかない。それゆえ、理想の存在であるマギーは、自分とであれ、性的な関わりを持ってはならない。だから自分はマギーに欲情してはならないが、自分は女が欲しい。この、解決不能な女性への屈折した欲望を、セックス抜きでつきあう事ができる、セックスの知識すらほとんど持たないマギーを側に置く事で、アーノルドは満たそうとしているんだと思う。
 そこにはさらに、幼くして失った母への想いや、父親と同様の行為をする事を避け、ひいてはそのことによって父親との勝負、父親に負ける可能性をも避けようと言う心理など、様々なものが絡んでいるだろう。
 だが、そう言った個的な要素を取り除いても、女性を、その肉体性ではなく精神性においてのみ求めているかのように自分を欺く、という心理は、一部の精神的に未成熟な男性にはめずらしい事ではないし、原書が出版されたアメリカを始め、ヨーロッパなどのキリスト教社会においては、さらに伝統的な倫理観とも結びついたものだ。

ケ:欲望を正当化するための欲望の否定、という事ですか。

け:あるいは否定したい欲望を無視するための、別の欲望の捏造、かな。
 そんな心理にとらわれているアーノルドだが、性において屈折しているが故に、マギーへの欲望は他のところで強く現れざるを得ない。具体的に言うと「所有欲」「独占欲」だな。アーノルドはマギーを優しい心の持ち主として設計したが、彼はその優しさが自分だけに向けられる事を望み、他人に向けられる事にいい顔をしない。意に添わない部分があると、すぐにプログラムの修正を考える。アーノルドの天才故、すでに一個の人格として様々な事を学びつつあるマギーに対して、アーノルドは自分の意図から外れた行動や思考を、徹底的に排除しようとする。このエゴはかなり赤裸々に描かれていて、読んでいると少々マギーがかわいそうになってくる。

ケ:あー。でもそう言う男ってリアルでもいるみたいですねえ。自分も男だからよくわからないけど。

け:そう、おそらくそこがこの本のテーマの一つだと思う。
 で、一方のマギーだが。さっき「かわいそう」と言ったほどには、マギーは自分をかわいそうだとは思っていない。それはひとえに、アーノルドのプログラムによって、彼女がアーノルドに大して絶対の忠誠心を持っているからであり、生まれてからもアーノルドが彼女に対して唯一の頼りになる存在として振る舞ったからだ。マギーに変化が訪れるのは、中盤でアーノルドとはぐれてからなんだが……まあその辺は読んでのお楽しみ、という事で。ただ言えるのは、まるでエロゲな、オタク男に都合のいい設定で始まった本書は、最終的には、マギーがそのようなオタク男的ご都合主義を否定し、自立する物語へとかわる、ということだ。

ケ:なんか説教臭い話に思えてきますが。

け:いや、そんなことないよ。明るく優しく前向きなマギーの冒険、と言うメインストーリーは、最初に言った通り単純に面白いし、別に長々と説教臭い台詞が入るわけじゃないから。ただ、こういう読み方ができる、ってのを提示しただけで、読んでいる最中に鼻につくって事はないと思うな。鼻につくといえば、むしろ、このいかにもアメリカの現代小説の主人公って言う、底抜けに前向きなマギーの性格設定の方が鼻につくかもしれん。

ケ:NHK朝ドラの主人公みたいなもんですね。

け:あー、そうだな、あれもそうだな。

ケ:で、このお話の SF的読みどころというのは……まさかアンドロイドものってだけ?

け:いやいや。そうだな、まずは細かいところから言えば、マギーのAIプログラムに関する描写とか、そういうテクノロジー面の描写の面白さがあるな。アーノルドがプログラムを作るのに使っているヴァーチャルリアリティシステム……ヘッドセットとグローブを身につけ、視覚的、身体的にプログラムを文字通り「組み上げ」ていく描写は、若干の専門用語を含むものの、視覚的に想像すれば実に面白いと思う。マギーが世界のあまりの情報の多さに機能停止しかかり、プログラムを再構成するくだりなども、知的な興奮をかき立ててくれる。これらは「架空のテクノロジーを扱う小説」としてのSFの面白さを、比較的身近なところで伝えてくれる要素だ。そう言う部分はコンピューター関連の専門用語がでてきて、よくわからない読者も多いかもしれないが、まあ雰囲気だけ掴んで読み流しておいても、全体のストーリーを掴むにはさほど影響はないから心配ご無用。
 もう一つ、これは先ほどの、「マギーが自立する物語」という話と関連する部分なんだが。
 マギーというのはアンドロイドであって、人間とは違う存在だな?

ケ:何ですか、今更。

け:そう、今更、なんだが、今一度、それがどういう事か考えて欲しい。人間とは違う存在で、しかも生まれたてのマギー。彼女を主人公にする事で、読者はある程度、彼女と視点を共有する。それは我々が、我々ではない存在──“他者”のものの味方を、一部追体験する事だ。このように、「人間ではない存在」を語り手にする事で、当たり前の世界を、いわば異化してみせる手法、このような転換は、それだけで充分SF的だ。
 そしてさらに、ここではマギーが「女性型」だという事も重要になる。

ケ:女性は……人間、ですよね。

け:まあそうだ。そうなんだが、“MAN”ではないよな? フェミニズム、というのは深入りするとあちこちから反論や突っ込みやがありそうで、詳しく勉強したわけでないオレとしては、あまり突っ込んだ事は言いたくないのだが……ただ、先ほど述べた、アーノルドとマギーの関係などを読む限り、「男性社会にとっての“他者”たる女性」としての役割を果たしている事は明白だと思う。
 そして、近年のエロゲやギャルゲと本書の基本設定が同様である事などを考えると、そう言う視点は、偏ったものとばかりは言えないんではなかろうか。
 この本が書かれた1993年当時、今のようなギャルゲやエロゲがどの程度会ったかはよく知らない。だが、男性に都合のいい存在が、徹頭徹尾男性に都合のいい存在として振る舞う物語、あるいは都合がいいままでは終わらないにしろ、つい「をんな」などと表記したくなるような、恐ろしい深みや断絶の彼方へと押し込めて何かを語ったような気になっている物語、そう言ったものは昔からあったはずだし、ギャルゲやエロゲの多くは、そのパターンによってとらえられるものだろう。そして本書は、そう言った物語群へのアンチテーゼとしての機能を有している。
 そしてそう言った意味合いは、マギーがアンドロイドである事によって、いっそう強烈に浮かび上がっている。それは例えばアーノルドによって彼女が「作られた」という事実、アーノルドによる支配のあり方についてもそうだし、世界を見るマギーの視点の特殊さ……「この世界の外からの視点」という点においてもそうだ。
 極めつけはマギーの初体験シーン──唯一の濡れ場だが、ちっともエロくない──で、性器を与えられながら性感を与えられていないマギーの醒めた考え方には、男性が自分の女性への味方を考える上で、重要な示唆が含まれているように思う。

ケ:フェミニズム、と聞くと身構えてしまいますが。

け:いや、オレも別にフェミニストってわけじゃないんだけどさ。でもここで語られている事は面白いし、その面白さは、マギーがアンドロイドである事でますます際立っていると思うわけだよ。つまり、現実の問題を、架空のテクノロジーや存在を設定する事で、より際立たせ、問題を浮き彫りにしている、というところが、非常にSF的なわけだな。
 もちろんそんな事は考えなくても充分に面白いのは、何度も繰り返している通りだが。

ケ:楽しみたい読者はそれなりに、深く読みたければとことん深く、というわけですね。

け:そんな感じだ。
 最後にもう一つ。この連載をやっていればいつかは他の作品でも触れる事になるだろう、突っ込みどころについて。

ケ:そんなものがあるのですか。

け:うん、まあ不可抗力っていうかな。
 一言で言うと、この作品は未来の話だが、携帯電話はどこにも出てこない、という、これにつきる。

ケ:???

け:まあ、オマエやオレや同世代〜少し下くらいの世代の読者なら問題ないと思うんだが。若い読者には、ものすごく奇異に映るんじゃニアかと思うんだよ。わざわざ公衆電話探して電話したりとか。

ケ:は、なるほど。

け:実際、携帯電話の普及のスピードとその発達というのはおよそ全てのSF作家の想像を超えてたらしくてな。90年代前半くらいまでのSFには、携帯電話のかけらも出てこない未来の話ってのがごろごろしてる。
 もちろん、他にも予測できなかったテクノロジーはたくさんあって、たとえばもう20年くらい前の作品だと、コンピューターのデーターをとるのにわざわざオープンリールの磁気テープ回してる未来、なんてのもあるんだが。ただ、携帯電話くらい生活に密着しているものが出てこないのは、より違和感が強いように思ったんでな、ここで一度触れておく事にした。

ケ:うーん。事実は小説より……てやつですねえ。

け:まあだからってこの作品の価値が半減するわけではないと思うがな。冥王星が出てくる未来の話が価値を喪うわけでないのと同じで。

ケ:なんだかわかるようなわからないような対比がでたところで、また来週。

け:何だよ、その流し方っ!
posted by けいりん at 00:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 初心者に薦めるSF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

【フェミニズム】についてのお得なブログリンク集
Excerpt: フェミニズム に関する最新のブログ検索の結果をまとめて、口コミや評判、ショッピング情報を集めてみると…
Weblog: 旬なキーワードでお得なブログのリンク集
Tracked: 2007-12-20 13:40
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。