2004年08月28日

時期を外れましたが

「これが、ぼくにとっては、この世の中で一ばん美しくって、一ばんかなしい景色です」(サン=テグジュペリ著、内藤濯訳『星の王子さま』より)

見上げたとたん、涙が込み上げて来た。
長崎。爆心地の空。

sky
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2004年08月03日

いぢめる?(2)

前の記事に書いた多様性云々とは違う話だけど。

こちら
こういう教師が居るうちはいじめなんか絶対なくならないよなーと思うわけです。

人の親として、娘がいじめられるようなことは起こってほしくないと思うのと同様、いじめをするようなクソにだけは育ってほしくないと心から願う私としては、こういう大人に身近にいてほしくない、ていうかこんなクソは滅びてしまえと本気で思わずに入られません。
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2004年07月30日

いぢめる?

緑馬さんのPrecious「いじめって?」 とか リナパパさんの漢の叫びver.2「虐める側は放置?じゃないことを祈って」とかを読んで。

いや別にそれぞれおっしゃってること以上に付け加えることはないのだけど。

ただ思うのは。「いじめ」って、結局「他者への寛容」を身に付けさせることなしには消えないんじゃないかってこと。緑馬さんのおっしゃる通り、「その場限りの」対策なんて意味がないし、口先で「友達と仲良くしよう」なんて言ってもダメなんだ。

静かに本を読むのが好きな子、校庭で駆け回るのが好きな子、巨人ファンの子、ヤクルトファンの子、野球に興味のない子、歩くのが早い子遅い子、食べるのが早い子遅い子、そう言う諸々の特性を最大限許容することなしに、他者排斥はなくならないし、それらの許容から最も遠いところに居るのが、実は「みんな仲良く」っていう教育のあり方なんじゃないか。

もちろん仲良くできるなら仲良くした方がいい。や、「いい」っていうのは「善い」じゃなくえ、単に「楽しい」ってほどの意味なんだけど。けれども、どうしても折り合えないところ、「一緒になにかをする」ことができない部分っていうのはある。それを無視して「みんなで仲良くサッカーしましょう」とか、そういうあり方ってやっぱりどっか間違っているような気がしてしまう。

大国が他国に悪のレッテルを貼って侵攻し、それに反対した国で他文化の習慣が学校で禁止される。会社に行けば派閥があり、職員室内ですらいじめと無縁ではない。こんな世界で、いかに他者を受け入れることを教えていくかって言うのは、とても難しい問題じゃあるんだけど。
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2004年07月05日

ブリーフとトランクス

パンツの話である。

 パンツといってもズボンをそう呼ぶのではなく、下着のパンツである。そう、今も君の、そして僕のコカンにジャストフィットしてあるべきものがある人はそのあるものを、ない人はそのない部分を暖かく優しく覆い隠し、ジッパーやジーンズの堅い生地や風でスカートがめくれた時に見えてしまうことなんかから保護してくれるあのパンツのことだ。中にはその庇護を受けていない人もいるかもしれないがそういう特殊な趣味や健康法や御主人様の命令の実践者についてはさしあたって考えに入れずにおく。ついでに大変申し訳ないが、ここでは「あるべきものがある人」のパンツの話に限定させてもらう。それがないべくしてない人のパンツの話はまた今度(<するのか!)

 この凸型人用パンツってやつは、大別して二種類に分けられるのはわりと有名な話なので、凹型人の人たちもだいたい知っているのではないかと思う。それぞれ「ブリーフ」「トランクス」と呼ばれているものがそれ。ビキニパンツってものもあるけどあれはブリーフの一種と分類するわけにはいかんのかね?
 僕がよくしらないこのビキニパンツについては知る機会があればじっくり考えてみたいものだが、この際話を単純にするために、ブリーフ以上にタイトであるものはそれもブリーフである、という定義を強引に採用することにして話を先に進めよう。

 さて、30代にもなってそんな話をする人はあまりいないと思うのだけれど(俺かぁ!)、だいたいティーンのころあたり、凸型人間の間では、しばしば「ブリーフ派」と「トランクス派」にわかれて、熾烈な議論が巻き起こる。ひょっとしたら今時はトランクスもあるのかもしれないけれど、以前は子供用パンツと言えばほとんどブリーフだけだったのではないかと思う。それがいつしかなんだかもじゃもじゃしたりビンビンしたりしてくるようになって、体全体も凸部も「子供用じゃなくてもいいじゃん」て感じになったとき、凸型人間の一部は大人用のブリーフをはき続け、別の一部はトランクスへと移行して行くんである。昆虫等の型分けに習って、前者を不完全変態、後者を完全変態と呼ぶことができると思う。


 なぜその二グループの間に「議論」が巻き起こらなければならないのか? この直接的な理由は謎に包まれているが、おそらくは同じ時期に生じる、凸部の大きさを比較し、その大きさによって優越感を持ちたいという欲求が、「ひょっとしたら自分の方がちいさいのではないか」という恐れに抑圧された結果としての代償行為なんではあるまいか。
 それはともかく、この議論の互いの主張は、多くの場合、全くの平行線をたどる。ブリーフ派曰く「トランクスじゃコカンがスースーするし、凸部の位置が定まらなくて落ち着かない」一方トランクス派曰く「ブリーフに締め付けられている感じが気持ち悪いし、そのうえブリーフは群れやすいじゃないか」。見ていただければ分かるように、これは互いが互いの利点としている部分を欠点として言い換えているだけで、これでは話が平行線になるのも当たり前といえる。
 その他、トランクス派の主張として「ブリーフはいかにも下着って感じでナマナマしい」というものが見られる場合もあるが、よく考えてみると下着に「いかにも下着」もクソもない、いや、クソはついたりもするかもしれないがとにかくどんな形状であろうと下着は下着なのであって、また下着にお洒落を持ち込みたい場合も、ブリーフ派にはビキニパンツという逃げ道が残されているわけなので、あまり根本的な食い違いとはなっていないように思える。

 僕自身はどうかと言うと、これらの論争が最も激しかった時期には純然たるブリーフ派であった。が、その後徐々にトランクス派へと移行して行き、成人になる頃には完全なトランクス派だったと思う。そんな僕の実感から言わせてもらうと、これらの主張はどちらも「一理あるもの」であって、どちらを心地よいと感じるかは、純然たる趣味の問題、あるいは場合によっては凸部の大きさや形状の問題だったりするかもしれないが、とにかくそれは要するに個人差なのである。


 そう。
 そう思っていた。

 ところが!
 数年前、僕のパンツ観を大きく変える我がパンツ史最大の邂逅は起こった。

 「ボクサーブリーフ」との出会いである。

 その名の通り、これはブリーフの一種として分類されうる。その特徴は、従来のブリーフが、ビキニとは言えないまでもコカンから直接斜め上方向に切れ込む形であったのに対し、モモのところにかかる程度の、短い、しかし確かな「すそ」をもっていることである。全体的にブリーフと同様のフィット感を持つボクサーブリーフではあるが、この「すそ」の存在は決定的に事態を替えてしまった!
 つまり、この存在によって、凸部のおさまるべき場所が、従来のブリーフとは比べ物にならないほどのフレキシビリティを獲得したのである(当社比+40%)。凸部はこれによってかなり自由な位置に、しかし一定の安定感を持っておさまることが可能になった。(先ほどは触れなかったが)ブリーフの利点の一つである、「フィット感の強いズボンの着用に対して邪魔にならないという点をそのまま残しつつ、パンツ自体にも与えられた位置的な遊びによって生じる空気容量は、トランクスにはおよばないものの元来のブリーフに比べると格段に大きいといっていい、すなわちムレにくい。

 断言しよう。これこそ理想のパンツである。
 さあ、ブリーフだトランクスだとくだらぬ争いに血道を上げている場合ではない。今こそ近くのスーパーに走って、このパン
ツ界の救い主にすがるのだ!
posted by けいりん at 11:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年01月21日

仮面ライダー555

終わった。で、やっと見た。3話分ぐらい一気に。

どうも、なんていうのかね、評価に困る作品だった。

物語が立ち上がった頃にはそれなりに興奮させられた。「オルフェノク」「スマートブレイン」なんて言葉の響きも好きだったし、誰がライダーになるんだ、ていう先の読めなさや、主役の一方(木場)がオルフェノク、っていうのも、定番とはいえ良かった。洗濯屋サイドがちょっとダレてきてからも、木場サイド3人のドラマはそれなりに見応えがあって楽しめた。海堂がギターを捨てる回なんかはもうほんとにすばらしかった。

ところが、それもこれも含めてどうにもマンネリ気味になってきてからは、構成力の弱さというか、見通しの甘さというか、そういう部分が前面に出てきてしまって、まーこっちも惰性で見て入るんだけどさ、てな感じになってしまったのだった。細部をあげ出すと切りがないのだけど、個人的に一番気になったのはそれなりの人数になってしまったキャラを脚本が全然さばききれていなかった点。せっかくそれぞれに深みのある設定をしておきながら、全く描けていないと言う感じがぬぐえなかった。あんなんだったら「深み」は「裏設定」だけにしておいて、表では全く触れずに置いた方がマシ。主人公乾が、戦ったり戦うのやめたりっていうのもいいかげんマンネリでイヤになっていった。

一方で、最終回前数話の盛り上がり方はなかなかよかったんではないかと思うんである。そりゃー今までダメだったもんを慌てて畳みに入ってるわけで、不満の方もキリがなかったりはするんだけど、少なくても大きなドラマツルギーを感じさせるというか、それまでなんとなく含みを持たせるだけだった「引き」にしても、「どうなっちまうんだ?」「早く続きが見たい」と思わせるだけの力を回復させてはいたんじゃないか。少なくとも、収拾を付けることに必死だったアギト、予定調和的な収束を見せようとして上手い描き方ができず散漫とした終盤となってしまった龍騎に比べれば、見応えのある終盤だったのではないか。

実は、不満の多かった中盤〜後半にしても、僕は決して「全くダメ」とは思っていなかったりするんである。軸になる物語自体は充分面白かったと思う。問題はそれを語るツールと言うか、細部と言うか、具体的な描写が全くダメだったって事で、要するに「ヘボな同人作家的」というか、ひとりよがり的なあらが目立つというか、まあそういうことなんである。

終盤はどうにかこうにかそんなストーリー主軸の良さを生かそうと言う姿勢は見られたし、またおそらく最初からある程度決まっていたであろう、木場の転身や「オルフェノクの王」にまつわる部分などが、流れの方向性を定めて行ったことも、先述したような盛り上がりにつながったのだと思う。

しかしながらせっかくの盛り上がりを支えるはずの、それまでの「そこに至る過程」はやっぱり全然描けていなかったわけで、そのせいで「そこだけ見れば盛り上がっている」終盤を楽しめなかったという視聴者の方が多いんではなかろうか。海堂の「オマエにあこがれてました!」というセリフ〜最終話に至る行動にしたって、あのギターを捨てる回から十分にその屈折を描き込んでいれば、より説得力を持ち得たのではないか。

まあそれはいい。僕自身は終盤の盛り上がりを、そこだけ切り離したりそれまで足りなかった部分を脳内で補完したりしながら、結構楽しんだ。なのに、である。なのになのに、なんである。あのヘボい結末は一体どうしたことか。

木場が乾と再び共闘する過程に説得力がないとか、そんなことはこの際どうでもよろしい。ただ、あそこまでエゲツない設定をしておきながら、結局主人公たちがのどかに寝転んでいると言うのはいかがなものか。誰がどう見たってあのドラマと設定じゃ、必然的に乾は死ななきゃ収まらんはずだ。いや、設定的におかしいとか言ってるんじゃない。苦しいとは言えその辺は一応説明描写みたいなものがあったし。僕が言いたいのは、そんなチンケなことではなく、ドラマとしての流れの話なのである。それまでにつくってきた流れが、必然的に、「主人公の死」を指し示しているでしょ、てことなのだ。そうしないと収まりつかんでしょ、と。意外な結末ならいい。意外な結末には意外な結末のおさめ方があって、それがキレイに決まってさえいれば、意外な結末の方が望ましいくらいだ。しかし、今回の「主人公の生き残り」は、「これって要するに子供番組のヒーローを殺すことはできなかったってことなんじゃないの?」としか思えんのである。もしそれができないなら、そして目を見張るような見事な収拾のつけかたもないのなら、最初からあんな流れは作るべきではなかった。子供番組には子供番組の制約があるだろう。その中でモノを作って行くことの大変さはわかる。だからって、子供番組の枠をはみ出すはずのものを作っておいて最後に逃げるって言うのはあまりに卑怯だ。最初から枠の中だけでちんまり作っていればいいじゃないか。

なんというか、最初に「困る」といっておいてなんだけど、結末まで見てしまった感想は、やっぱり「見通し甘い」ってことなのだった。
posted by けいりん at 15:17| Comment(4) | TrackBack(3) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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